武家と天皇(ぷぅさんの読書感想文)

武家と天皇 今谷明 著

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 本著を既に2回くらい読んでいるのだけれど、今回改めて読み直してみた。

 著者の今谷明氏は、「室町の王権」で足利義満による皇位簒奪計画を明らかにしたことで有名。この説の影響力はものすごく、井沢元彦氏のベストセラー「逆説の日本史」シリーズで取り上げられたこともあり、今や「常識」の域に達しているのではないか。(専門家の間でどのように評価されているのかは知りません。)。なお、井沢氏には「天皇になろうとした将軍」という著作もあるが、「室町の王権」では、義満自身が天皇になろうとしていたと主張しているのではないので念のため(息子の義嗣を天皇にしようとしていたという主張)。

 さて、「武家と天皇」は、その今谷歴史学の流れに沿ったものであり、「室町の王権」で始まった天皇についての研究の一応の節目になるものらしい。
 つまり、「日本では多くの権力者が生まれたけれど、どうして誰も天皇にならなかったのか。」というのが、ここでの研究テーマということになる。特に、「室町の王権」によれば、天皇家は義満の時代に完全に実権を失っていたはず。それなのにどうしてその後の戦国時代を乗り切り、天下人である信長・秀吉さらには江戸幕府を生き残ることができたのか。

 本著は、江戸時代初期の「俄の御譲位」事件(後水尾天皇が幕府の同意なくして退位して女帝である明正天皇に譲位した事件)を取り上げる。幕府の出方次第では、譲位が取り消されるか、あるいは譲位は認められたとしても明正天皇の即位が否定され、別の天皇が擁立されるのかという事態が生じても何らおかしくないところ。何せ軍事的・政治的実権は完全に幕府が握っているのであって、朝廷は(少なくとも表面的には)何の力も持っていないのだから。
 しかし、結局、幕府は何もできないで終わる。明正天皇は秀忠にとって孫に当たることになり、この天皇の即位により徳川家は外戚になったことになるのだが、だからといって、女帝では意味がない。にもかかわらず、なぜこの俄の御譲位に対して何もできなかったのか。
 著者によれば、義満の時代に実権を全く失っていた朝廷は、その後の室町幕府の権力失墜の中でさまざまな権力・権威を取り戻していたとのこと。信長との闘争にも見事に勝利し、秀吉の関白就任も天皇の権威なくして政権を維持できないことの現れにすぎなった。徳川は天皇権威の封じ込めに躍起になり、それなりの成果を出したものの、俄の御譲位に手出しをできなかったように、結局は天皇の権威を制圧することはできなかった。幕末になるとそれが噴出し、尊皇家による倒幕運動につながっていくといったことのようだ。
 天皇権力・権威を少々買いかぶりしすぎているのではないかという印象も感じるが、全体として大変説得力を感じるのは確かであり、何よりも、「権力者が天皇にならなかったのはなぜか」という難問に正面から取り組もうとしている姿勢には敬服。ただし、本著を呼んでも、この質問に対するきちんとした回答を示していただいていないように思うのだが、どうなのだろうか。

 本著の中で大変興味深いのは、なぜ秀吉が征夷大将軍にならなかった(なれなかった)のかという点。関東を制圧しなければ将軍になれないというルールがあり、秀吉は小牧・長久手の戦いで家康に敗れているためこの資格を失ったというのだ。このような見方というのは、少なくとも一般向けの歴史の啓蒙書には出ていないと思う。「目から鱗」というのはこういうことか。

 いずれにしても、本著が一人でも多くの人に読まれることを強く期待。

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