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zoom RSS 録っていた番組を見る。(12月13日のぷぅさん)

<<   作成日時 : 2008/12/13 23:17   >>

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朝から病院に出かけて怪我を見てもらって。組織がだいぶ盛り上がってきていて、あとは様子を見るしかないようです。しばらくは触ると痛い状態が続きます。


お嬢さんから目を離すとぼ〜〜〜っとしてしまうので、そうならないよう、勉強している時に隣にいて、ときどき、「どうした?」と聞いています。やっぱり、ぼ〜〜〜〜っとしているね。


久し振りに鍼灸院にお出かけ。今日はいつもと違うところをズキズキさしてもらったような漢字で、足の先まで神経が結構ビリビリと来たりして。


録画しておいた「篤姫」を見る。う〜〜ん、帯刀さん、遂に告っちゃいましたか。でも、何だか哀しいね。もう、姫(というか天璋院)の心は完全には家定さんのものだものね。
それにしても、薩摩出身の天璋院と皇族の静寛院(和宮)という奇跡のコンビの尽力のおかげで江戸城は無血開城し、江戸の町が火の海になることは避けられたわけだけれど(局地戦としての彰義隊合戦はあったけどね。)、その割を食ったのが会津藩。革命のために旧体制の血を流さないといけないというのは歴史の法則なのだろうけれど(フランス革命のルイ16世夫妻、ロシア革命のニコライ2世一家を想起せよ。中国革命はそれが不徹底だったからその代償として文化大革命という大虐殺が起きたのではないか。)、幕府の首魁の慶喜が逃げおおせちゃったのでその次に恨みの深い会津藩に矛先が向けられたわけですよ(新選組の上司だものね。)。
会津観光の名所といえば、飯盛山と会津武家屋敷。飯盛山は白虎隊で有名だけれど、会津武家屋敷の方にも会津戦争関係の展示あり。家老西郷頼母の一族では留守を預かる女たちが、敵軍(薩長)が来る前にみんな自害するわけです。その様子が展示されています。このような集団主義精神をどう理解し、どう対応すべきか、というのはそれ自体が深刻なテーマになりそうだけれど、まずは、「官軍」の美名のもと、血に飢えてなだれ込んできた薩長を前にして、自らの娘や妹を殺さねばならなかった人たちの無念を思うべし。これは涙なしでは見ることができないです。一方、肝心の慶喜は趣味人として長生きするし、家達が継いだ徳川宗家とは別に家族に列せられるわけです(ちなみに容保は東照宮で一生を過ごします。)。これをどう受け止めればよいのか。そして、慶喜の命を救ってしまった天璋院を手放しで称えて良いものか、という気がするのですね。
そして、会津戦争の前哨戦と位置づけられるのが北越戦争。こちらは長岡藩の家老河井継之介が奮戦するわけだが、長岡のような小藩に継之介のような英傑が生まれたことが果たして長岡藩にとってそして継之介にとって幸せだったのかどうか。
・・・などといろいろ思っちゃいますね。篤姫さんすご〜〜い、だけでは済まされないですね。


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