「検証 経済迷走 なぜ危機が続くのか」西野智彦 著(読書感想文)

本書は、軽部謙介との共著だった「経済失政」に続く経済失政検証の3部作の2作目。
舞台は98年。すなわち、金融機関への公的資金投入問題や大蔵省汚職事件に始まり、参院選敗北による橋本政権退陣を経て長銀破綻問題で揺れた、あの夏の記録である。
http://www.amazon.co.jp/%E6%A4%9C%E8%A8%BC-%E7%B5%8C%E6%B8%88%E8%BF%B7%E8%B5%B0%E2%80%95%E3%81%AA%E3%81%9C%E5%8D%B1%E6%A9%9F%E3%81%8C%E7%B6%9A%E3%81%8F%E3%81%AE%E3%81%8B-%E8%A5%BF%E9%87%8E-%E6%99%BA%E5%BD%A6/dp/4000227181
今まで何度か読み返しているのだけれど、また久し振りに読み直してみた。

前書は財政と金融の両面における政策の失敗(各担当がそれぞれよかれと思って講じた措置が結果的に執政につながった「合成の誤謬」)を検証したのだが、本書はもっぱら金融行政の混乱を描く。

最初に取り上げられたのは金融機関に対する公的資金投入、いわゆる資本注入の問題。ちょうど先般、金融機能強化法が改正されて、通常の金融機関に対する資本注入の道が再び開かれたけれど(このほかに預金保険法による措置あり。)、かつてはそのようなことは政治的にとても受け入れられないと考えられていた。でも、山一證券破綻後に登場した宮澤構想や梶山構想をきっかけに、預金者保護を超えた施策を掲げる新法を制定して「30兆円枠」を設けることになるわけだけれど、財革法との関係など、いろいろなことを考慮してスキームが作られていったわけで、そのあたりの関係者の苦闘ぶりが何度読んでも面白い。特に、「出資国債」であれば直ちに財源を用意する必要はなく、財革法にも抵触しないというくだりは、「大蔵官僚というのは本当に知恵者だ。」と感心してしまう。

しかし、併行して、接待汚職事件が進展していく。三塚博蔵相、小村武事務次官が辞任に追い込まれる様子が克明に描かれる。

大いに脱線するけれど、三塚博氏から、1度だけ、電話を頂戴したことがある。上司も席にいたのになぜかぷぅさんのところにかかってきたんですね。既に自民党幹事長も経験した大物議員から直接電話を受けちゃって、こっちはどぎまぎ。「○○は、どんな感じですか?」とのお尋ねに、どう答えたのかは良く覚えていないけれど、「そうですか。ありがとう。」という丁寧なお言葉に大変恐縮したものです。おそらく30秒くらいの電話だったのだし、向こうにしてみれば大勢の相手うちのたった一人に過ぎないわけで、気にも留めなかっただろうけれど、こっちとして見ればすごいこと。「こんなぺーぺーに対してあのような言葉遣いをするというのは、大変な人格者なのではないかしら」と思ったものです。
本書に登場する三塚氏はその政治力を発揮することができずにもみくちゃにされて退いていくだけの役割なのだけれど、周囲の環境さえ整えば、本来はもっとご活躍いただけたのではなかったのかと、残念な気がしますね。(なお、国鉄改革では大活躍されたことはいろいろな本で紹介されているところ。例えば「国鉄解体」草野厚 著など。)

すったもんだのあげく、何とか公的資金による資本注入を実現したものの、「月刊現代」をきっかけに長銀問題が表面化して金融行政は大混乱に陥る。ちょうど、金融監督庁の発足時期と重なったこともあり、新組織内のファクターの動きもあって、行政機関の内部も混乱するわけです。
それに、小渕新政権における宮澤蔵相の思惑が絡まり合って、事態は一気に政局モードに突き進む。最後は野党案丸飲みになるのだけれど、それが「自自連立」という次のステップにつながっていくわけです(そこは本書の射程距離外)。
今回読んでいて、特に気になったのは、金融再生法第37条と第36条の適用問題。37条は破綻していない金融機関を国有化(特別公的管理)する規定で、36条は破綻金融機関を国有化する規定なので、どちらを適用するのかは天と地の差があるのだけれど、金融監督庁の検査結果(一応資産超過だが実質的には債務超過)を受け、勢いで36条適用に突き進んじゃうわけです。このあたりの動きは、何度読み直してもどきどきしてしまう。

新たな金融危機が生じている今、本書を改めて読み直す意義は非常に大きいのではないでしょうか。金融行政に携わるすべての方に本書をお薦めします。


なお、36条と37条の関係だけれど、36条適用の理屈として、ゴーイングコンサーン(継続価値)と清算価値の違いを挙げているのだけれど、このあたりの理屈って、本当に会計的に正しいのかしら。(たぶんかなり無理がある説明なんでしょうね。)
いずれにして、ある事業体の価値をどのように評価すべきかというのは、とても難しい課題ではあるまいか(だからこそ公認会計士との専門職がいるわけですものね。)。清算価値なら単なる個々の要素の価値の合算ととらえることができようが、ゴーイングコンサーンの場合は、それを超越した一つの有機体としてとらえる(ある意味ではビジネスモデルとセットにした評価ということではないか。)ということになるわけで、ますます難しい評価になるのでしょう。
このあたりを「ざっくり」でよいのでわかるような本はありませんかねぇ。

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック