政治ができなかった男の悲劇~「歳月」司馬遼太郎 著 読書感想文

なんでこんなにうまくいかないのだろう。
・・・と、江藤本人も思っただろうけど、本作を読んだ人もそう思うだろう。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4062749963/ref=pd_lpo_k2_dp_sr_2?pf_rd_p=466449256&pf_rd_s=lpo-top-stripe&pf_rd_t=201&pf_rd_i=4061310399&pf_rd_m=AN1VRQENFRJN5&pf_rd_r=0XWYDAY4XBFXZCM67YC5
画像



本作の主人公は、江藤新平。かもちゃんは、最近中公新書の「江藤新平」を読んで、この人が本当にものすごい人であることを知ったのだけど、本作で描かれている江藤もすごい。
やることがとにかく極端。独特の二重鎖国を敷いていた佐賀藩を脱藩したことに始まり、命がけで藩に戻り囚われの身となる。他の藩の志士だったら、つかまることを承知で帰藩したりはしませんよ。
それが、明治維新後に命運が転変して、一気に新政府の要人になるのだが、ここからがこれまたすごい。薩長土肥の中で最も影の薄い肥前の出身でありながら、ほとんど一人で新しい国の姿を作ったのではあるまいか。(もちろん、本作が江藤の立場から描かれているからそういう話になってしまう面もあるのだけど。)

もしも。
もしも、「征韓論政変」がなかったら。
(注:あの政変を「征韓論」をめぐる争いととらえること自体が間違っているとの説もあるけど、面倒なので、ここでは本作と同様に、単純に「征韓論」をめぐる政変ととらえることにします。)
江藤が政府にとどまっていたら、この国はどうなっていたのだろう。
江藤自身が単純な国権論者なので(民権論と国権論はしばしば融合する。)、軍事優先的な要素は変わらないのだろうけど、少なくとも我が国の民主主義は大いに進展していたはず。(もちろん、そのような、「上から与えられた民主主義」をどう評価すべきかという問題はあるが。)
そうすれば、この国の進路はもっと明るい方向に向かっていたかもしれない。

でも、現実には、「征韓論政変」で江藤は政府を去ることになってしまい、それから以降の江藤はやることなすこと裏目に出てばかり。
ではなぜ、この政争に敗れたのか。
政治というものを知り尽くしている大久保利通と、「正しいことを主張すればそれは通るはず」と単純に思いこんでいて、裏工作などということを思いつきもしなかった江藤の違いということになるのだけど、なぜ、江藤は「政治」ができなかったのだろうか。人の資質というのは、そういうものなのだろうか。

解説にも書かれているが、妾宅の場所がわからずただ立っている場面があるけど、政治がわからなかったつまり人間の動きがわからなかった江藤の悲劇を象徴している場面だと思う。

それにしても、大久保というのは、やっぱり、すごい人物だ。



付け足し
読んでいて、「おおおっ!?」と思ったのは、鹿児島での西郷の描写の中で、風呂で○○を比べあったとあるところ。
最近、「サカモト」というギャグマンガを読んで大笑いしたのだけど、その中に出てくる西郷さんが、まさに、○○に異常な関心を示すのですね。な~んだ、「サカモト」に出てくる西郷さんって、本当だったんだ(笑)

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック