学者が怒ると結構すさまじい ~「経済学的思考のすすめ」 岩田規久男 著 読書感想文

筆者の本を最初に読んだのは今から20年以上も前に、マクロ経済に関係する職場にいた頃のこと。
経済について広まっている誤解(俗説)について、主にミクロ経済学を活用して間違いを正す内容の本だったのだけれど、読んでいて、かなりの衝撃を受けた。だって、
「銀座で飲むコーヒーが高いのは銀座の土地代が高いため。」
「社会保険料の事業主負担を増やすことは労働者にとって利益になること。」
・・・といった「常識」が根本的に否定されていくのだから。
そして、最も強く印象に残っているのは、何か問題が起きたときに「国が責任を負う。」ということの本当の意味を学んだこと。

それ以来、筆者の本は何冊か読んでいるのだけれど(参照 http://pu-u-san.at.webry.info/200908/article_34.html)、またまたかなり物議をかもしそうな内容の本を出している。

http://www.amazon.co.jp/%E7%B5%8C%E6%B8%88%E5%AD%A6%E7%9A%84%E6%80%9D%E8%80%83%E3%81%AE%E3%81%99%E3%81%99%E3%82%81-%E5%B2%A9%E7%94%B0-%E8%A6%8F%E4%B9%85%E7%94%B7/dp/4480015124

目次
第1章 シロウト経済学は花盛り
 二つの思考方法 数で真理を争う枚挙的帰納法 危険な類推的帰納法 結論から前提を真であると類推する 誰もが経済問題をかかえている 帰納法で語るシロウト経済学 「日本の破産」の帰納法 日本の家計と金融法人は貯蓄に励んでいる 日本が破産することはありえるか ハイパー・インフレを起こす? ギリシャはどうだったのか ユーロ諸国が助けるしかなかった

第2章 間違いだらけのシロウト経済学
 GNPが増えても国民は豊かになれない? 日本の豊かさに貢献する海外からの受取所得の増加 ユニクロは問題企業? 所得がないと消費できない? デフレの原因は企業の海外進出? 日本経済は需要不足経済 何が言いたいのか 小泉改革で企業流出が止まったか

第3章 経済学は演繹で考える
 演繹法とは何か 経済学の演繹法とはどういうものか 帰納法と経済学の演繹法はどう違うのか 自然科学における実験 経済学は思考実験室を作って演繹する 前例のないことも予測できる 理解しやすい部分均衡モデル 複雑な一般均衡モデル 他の事情を一定としていることに注意 単純化によって見えてくるもの 経済モデルの検証と仮説の体系

第4章 経済の基本原理
 費用とは機会費用である 価格が付いていなくても費用は存在する おかわり自由はお得? 会社は国は費用を負担できない 税金には転嫁が付きもの 租税回避行動を利用する環境政策 インセンティブの与え方は日常生活でも重要 人の役割を決める比較優位 国際分業を決めるのは比較優位の原理 貿易はプラスサム シグナリングの原理 シロウト経済本の信用は何に由来するのか 経済は相互依存関係の網の目 合成の誤謬 売れる商品を開発しないから消費が伸びない? 売れないのはデフレのせいである

第5章 なぜ市場原理を重視するか
 市場原理は自由主義 競争は選択の自由を保障する 自由な市場は自由放任ではない 経験から学ぶ市場のルール 自由な競争市場が明らかにする機会費用 人にふさわしい仕事を配分する市場の機能 自由な市場の創意・工夫のインセンティブ 便利なものを開発する 資源の節約と代替のインセンティブ 市場原理主義批判者の矛盾 非対称情報に対するさまざまな工夫 金融や保険の発明 私有権の重要な役割 市場価値以外の価値を無視してはいない

第6章 温かい心と冷静な頭脳で
 市場は完全雇用を達成できない デフレ予想が投資の不振を招く 日銀にデフレ脱却のインセンティブを インフレ目標政策はどのように機能するか インフレ目標政策の誤解 国会議員の見当違い 国債に関する誤解 将来世代が国債を負担するのはどういうときか 将来世代は国債を負担することになるか 国債累増は国債暴落を招くか 温かい心と冷静な頭脳で 硬直的な日本の労働市場 労働市場をめぐる諸制度 「温かい心」からの転職への配慮 正統な経済学とは 夫婦「共産」制をどう実現するか 経済学は分配の公正をどう論ずることができるか 重要な機会の平等

第7章 経済モデルを検証する
 女性の非婚化が進むのはなぜか 女性の晩婚化が進む原因 結婚の経済モデルの命題を検証する 学歴が予想生涯賃金所得に影響する 人はなぜ自殺するのか 98年以降、なぜ男性自殺者が急増したのか 経済モデルなしに検証はできない 小泉・竹中時代の経済成長を検証する シロウト経済学はシンプルだが経済学は面倒だ



最後に「シロウト経済学はシンプルだが経済学は面倒だ」とあり、「それを言っちゃあ、おしまいよ。」の感もあるけれど、まさにそういうメッセージを、「シロウト経済学」にたぶらかされている大衆に言い聞かせようとする警世の書と言えよう。
本書で一貫して非難されているトンデモなシロウト経済学の本は、辛坊治郎・正記の「日本経済の真実」。本屋でちょこっと立ち読みしたことしかないけれど、日本経済や財政の現状に警鐘を鳴らしていて、こちらも警世の書というおもむき。警世の書同士の戦いみたいな感じになっていて、これはこれで野次馬的には面白いね。

それはともかく、本書で何度も繰り返されているのは、演繹的思考の重要性。世の中ではやっている辛坊的な「シロウト経済学」は帰納法によるきめ付けをしているだけで、一般化できないもの。それに対して正統な経済学は仮定→演繹→命題→検証から構成される仮説の体系であり、これによって初めて社会事象を正しく理解できるのだと主張。
例えば、「年金財政についての現役世代の負担を減らすため、年金給付と保険料を引き下げよう。」という主張は一見もっともらしいけれど、仮にこれを実行すれば、思わぬしっぺ返しを食らう可能性があり、そういうことは帰納法では絶対にわからず、演繹法を通じてのみ把握できるのである、といったようなことを主張しているわけです。

読んでいて、専門家としての自負というのかプライドの高さというのか、正統経済学を理解しようとしない一般社会に対する怒りないしルサンチマンがかなり鼻に付くのだけれど、おそらく、書かれている内容はまっとうなのでしょう。(実は、特にマクロ経済学が全然理解できていないので、「経済学的思考」についての筆者の主張の正当性を実感できていないのだけれど。)
それにしても、できれば、もっともっとはるかに、いわば異次元的にわかりやすく書いてもらえないものでしょうか。経済学とはそういうものではない!というのがこの本の主張であるらしいことはおぼろげながらわかるのだけれど、でもでも、経済学というのは自然科学と異なり、みんなが理解し、それによって正しい政策につながらなければ意味がない学問だと思うんです。

また、比較優位の説明において
「経済学に比較優位がないシロウトでも、消費者が品質を見分ける力がない場合には、経済を解説したり、経済本を書いたりして、大きな所得を得ることができる場合がある。」
・・・とあるのだけれど、辛坊さんの本の方が多くの経済学者の本よりはるかに多く売れている現状を見れば、市場は、経済についての情報発信に関し、辛坊さんの方が経済学者よりも比較優位にあると判断しているということなのでは?
この「市場」には特段の規制もかかっていないので、たぶん、競争市場のはず。であれば、その市場が出した結果は尊重されるべきなのではないでしょうか。
・・・という解釈は間違っているのかしら?

いずれにしても、この攻撃的な叙述スタイルは(鼻に付くけれど、)読んでいる分には非常に痛快であり、今後もこの勢いで各方面をぶった斬っていただきたいもの。

本書の随所(例えば51ページ)で、辛坊さんに対して嫌みったらしく批判しているけれど、さすがにこれは感情的に過ぎて適切でないように思う。「アホな自称経済学者(その中には大学教授の肩書きを持つ人も少なくありません。)に鉄槌を下さなければいけません。」とするシロウトの本が、筆者の本よりはるかに売れる現実に対して本当に腹を立てているのでしょうね。学者が怒ると結構すさまじいね。
ところで、、「辛坊本」をやり玉に挙げて「シロウト経済学」を批判するこの本の論法自体が、実は帰納法ではないかという気がするのだけれど、違うのでしょうか。



なお、経済学のど素人にとっては、この本自体のスノッブさがかなり鼻に付くのだけれど、それに輪をかけて鼻に付くのが、本書をこき下ろしているこちら。 → http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51666197.html
これはこれで一読の価値があるのでは。

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この記事へのコメント

spec
2011年01月22日 23:37
 社会保険料の事業主負担の問題は、『間違いだらけの経済常識』って本での話ですよね?
 でも、少なくともこれは岩田先生が間違えてます。100%賃金に転嫁されるなら、事業主負担100%にしたらどうだろうって思います。
『社会保険料の転嫁問題に関する経済学者の誤解』
http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/work/korunakare204.pdf
も詳しく書いています。
 岩田先生は信頼できますが、年金・社会保障関係の提言は?って思うことがあります。
spec
2011年01月22日 23:41
 ちなみに、辛坊本は私も激怒してます。岩田先生が怒るのも当然です。
かもちゃん
2011年01月24日 03:43
specさま
権丈先生のことを教えていただき、ありがとうございます。非常に興味深い内容です。それにしても、「経済学」って、いったい、何なんでしょう?
何かありましたら、また教えてください。
リンゴ
2011年09月09日 09:42
この本を読んで大学の経済学の教授が市場原理主義批判を批判していたのを思い出しました。確かに岩田さんの辛坊本批判は多少行きすぎの感も否めないですが、私たちがもっと経済学のこと(経済学の考え方)を知った方が良いとは感じます。例えば、「リーマンショックを予測できなかったから経済学は役に立たない」というのは物事の一面しか捉えてない帰納的な考えだと思うのです(こう言ってる私こそ、多少こう思っていたのですが)。
この本を読んだ感想は色々ありますが、一番大きいのは、人間には感情という論理とは真逆の要素があるけれども経済学の合理的な思考法をもっと学びたいと思いました。

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