どちらがトンでもなのか? ~ 「偽りの大化改新」 中村修也 著 読書感想文

小学校の社会の宿題で、「歴史新聞」とでもいうものを作ったのです。
歴史上の事件をテーマに、「新聞」を作るわけです。
かもちゃんは、「大化の改新」をテーマにしたのです。
時は西暦645年。(「悪い入鹿を蒸し殺す」と覚えた。)
舞台は飛鳥板蓋宮(いたぶきのみや)。
朝鮮半島からの使者を迎える儀式の場で、皇極天皇の目の前で、中大兄皇子(皇極の息子。後の天智天皇)が、当時の最高実力者である蘇我入鹿を殺害。その知らせを聞いた蘇我蝦夷(入鹿の父親)は自殺。これにより蘇我宗家は滅亡し、中大兄皇子と中臣鎌足を中心に、「公地公民」などの新たな政治が始まったわけです。

確か、かもちゃんの「新聞」では、「蘇我氏、滅亡!」といった感じの見出しを書いて、蝦夷の焼死体の絵を書いて(要は白骨を書いたのだ。)、「中大兄皇子インタビュー」という感じの見出しの下に、「そのうち天皇になろうと思います。」みたいなことを書いたのでした。
先生からは、「なかなか面白い。」みたいなことを言われたんじゃなかったかなあ。

それ以来、大化の改新のことは、気になっていたのです。


しかし、話は意外に面倒であることがだんだんわかってきた。
高校の時に、中央公論版の「日本の歴史」を読破したのだけれど、その中で、中大兄皇子がなかなか即位できなかった事情を知ったのです(あまりな内容なので、ここには書けません。)。
それに、「大化改新詔」も、後世の創作らしいし。
その後、中公新書「大化改新」(遠山美都雄)では、傀儡と思われていた孝徳天皇(政変当時は「軽皇子」)こそが、クーデターの首謀者であったという説を知ったのです。
それはかなりの衝撃だったのでした。
「大化改新」の読書感想文 → http://pu-u-san.at.webry.info/201001/article_25.html

そして、今回、さらに事件の真相に迫ろうとする本に接したのです。
http://www.amazon.co.jp/%E5%81%BD%E3%82%8A%E3%81%AE%E5%A4%A7%E5%8C%96%E6%94%B9%E6%96%B0-%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E4%B8%AD%E6%9D%91-%E4%BF%AE%E4%B9%9F/dp/4061498436/ref=ntt_at_ep_dpt_2
画像


本書では、常識的な大化の改新(というか、「乙巳の変」)理解では、いくつもの、あまりに不自然な点があることを真正面からとらえている。その点に好感を持てる。
なぜ、中大兄皇子自らが入鹿殺害に関与したのか?
なぜ、中大兄皇子はクーデター後直ちに即位しなかったのか?(中公「日本の歴史」には、中大兄のアンモラルな側面が書かれているが、それだけで納得できるかどうか。)
などなど。

これらの問題に対して、ある回答を示していて、その結論部分は上記の遠山説と共通している。
「大化改新は中大兄皇子と中臣鎌足が起こしました。」という素朴な説明は、もはや成り立たなくなっている、ということなのだろうか。

そして、日本書紀がどうしてあのような書き方をしているのか?という点について、鋭く迫っている。
梅原猛の作品で、「古事記」が持統天皇のための書であることを学んだのだけれど、本作品で、「日本書紀」の正体を知ることができたのだった。


ただし、重大な疑問が残るのです。
仮に、あのクーデターが、孝徳による皇極からの簒奪劇であった場合、敗れた側である皇極はどうして生き残れたのだろう?そして、孝徳の後に再即位できたのだろう?


さて。
本書を読むと、「なるほど。」という気にはなる。
問題は、本書が主張する内容が、果たしてまっとうなものなのかどうかという点。
なにせ、こちらは学者ではなく、何が通説で、何が有力な新説で、何がトンでも説なのかがわからないのだ。

学術書ではないのだから、論証の根拠がきちんと示されていないのはやむを得ない。(そんなもの、書いてあっても、素人にはわからない(笑)。)
とは言え、史料の断片からの憶測が示され、さらにその憶測を前提としたさらなる憶測が積み重ねられ、その、何重にも重なった憶測の上に立った「論証」が本書の太宗を占めているわけで、それで信じろと言われるのも辛いものがある。
素人には、単なる妄想と区別が付かないのだ。

これって、どの程度確かな説なの?

これまで言われてきたことと、どっちがトンでもなの?

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この記事へのコメント

まろきばし
2014年05月08日 20:13
この本は語尾の大半が「…かもしれません」「…という可能性もあります」などで結ばれています。結局きちんと言い切れているのは、「日本書紀には…と書いてある」という部分だけです。これでは個人の妄想を書き綴ったにすぎません。まともな論説とは呼べません。この本は、小説と見るべきです。しかし小説としてもあまり面白くなく、『日本書紀』本編にはるかに及びません。『日本書紀』にあやしい部分が多いのは確かですが、「じゃあ実際はどうだったの?」ということは、妄想ではなく考古学的手法で明らかにしていくべきことです。

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