重大な役割を見事に果たしきった、でも、「ねじあげ」なのでいやな奴 ~ 「最後の将軍」 読書感想文

諸般の事情があって(詳細は 「「いちはし」さん?(平成24年7月18日(水)のかもちゃん)」 http://pu-u-san.at.webry.info/201207/article_56.html 参照)、徳川慶喜について調べたのです。
その一環として読んだのが、司馬遼太郎の「最後の将軍」

http://www.amazon.co.jp/%E6%9C%80%E5%BE%8C%E3%81%AE%E5%B0%86%E8%BB%8D%E2%80%95%E5%BE%B3%E5%B7%9D%E6%85%B6%E5%96%9C-%E6%96%87%E6%98%A5%E6%96%87%E5%BA%AB-%E5%8F%B8%E9%A6%AC-%E9%81%BC%E5%A4%AA%E9%83%8E/dp/4167105659/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1347071008&sr=1-1
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本当に、不思議な人生だ。

小さいころから優秀と言われ、そのために一橋家の養子になり、さらに将軍候補に推される。(あの篤姫が家定に輿入れするのも、慶喜擁立を目指してのこととも言われているところ。)
しかし、それは失敗するわけで。
でも、それって、慶喜が20歳のころの出来事なのですよ。
対立候補の家茂が将軍になったのは13歳。
まあ、20歳と13歳と言えば、そりゃあ、分別の違いというのはあるとは思うけれど、どっちみち、実際の政治は周りの連中がやるわけなのだから、そんなに違いはないのではないかしら、まあ、20歳にもなれば多少は自分の意見があるので操縦しにくくはなるのだろうけどね、とは思うのです。

そして、勝利した井伊直弼により「安政の大獄」が断行されるわけだけれど。
慶喜も処分されるのだが、実際に慶喜が行ったことって、勅許を得ずに日米修好通商条約を締結した件につき井伊直弼を弾劾したことだけなんですよね。まあ、それだけでも十分処罰に値するのかもしれないが、いやしくも一橋家の当主と言えば将軍の家族なのであり、しかも世間に評判の高い方を、そんな程度のことで処罰するというのは、無茶なことをしたと言えば無茶だったのでしょうね。

それはともかく、井伊が殺されたのち、慶喜は「将軍後見職」「禁裏御守衛総督」などを歴任し、京都政界を制圧していわゆる「一会桑体制」(本書ではこの用語は用いられていない。)をl築くのだけれど、家茂の急死を受け、ついに徳川宗家を、そしてその後には将軍に就くわけです。
ここまでだけでも十分波乱万丈だよね。

この過程における、慶喜の行動様式について、面白い表現がある。
もともとは、松平春嶽(この人も、最初は慶喜擁立派の中心として活動し、その後も節目節目で何らかの形で慶喜を支え、、しかしながら、泥酔した慶喜に無能とののしられ(ちなみに、これをきっかけに「参与会議」は解体したので、おそらくこの酔態は意図的なもの。)、大政奉還の際には慶喜追討を回避すべく尽力するという、本当に不思議なつながりのある人だよね。)の言葉だとのことなのだけれど、「ねじあげの酒飲み」と呼ぶのだそうです。

本書180頁から引用

「あの方は、俗にいうねじあげの酒飲みである」
とあたらしいあだなをつけたのは、将軍相続について慶喜を説得し続けている松平春嶽であった。捻じ上戸ともいうが、酔うと理屈をねじあげ人に食ってかかる酒癖の者をいう。もっとも別な意味もある。酒席で、もう飲めませぬとことわりながら、むりやりに注がれると意外にも飲む。しかもむりやりにすすめなければ機嫌がわるい。そいういう酒癖のことをねじあげ酒というが、春嶽のばあいはこの後者の意味でいったのであろう。


うんうん。こういう人って、確かにいるよね。

「いやいや、そんなこと、私にはできませんよ」と断ってくるのです。
でも、「そこを何とか」と無理にお願いすると、「しかたないなあ」と言いながらやってくれる。
そして、最初の「できませんよ」を真に受けて、「それじゃあ、他を頼みます」ということをすると、むくれるんですな。
そういう人って、いるよね。
そして、本当に、面倒くさいよね。

そういう面倒くさい人を口説いてトップに祭り上げなければならなかった春嶽さん(ついつい、「さん」つけしちゃったよ。)は本当にお疲れさまなのです。

そして、慶喜の真骨頂と言えば、鳥羽伏見の戦いの敗戦を受けての大坂城からのトンヅラでしょうな。
江戸に戻って再起を図る、という、適当なことを言って老中板倉勝静、会津藩主松平容保、桑名藩主松平定敬とともに脱出するわけだが、そんなことは口実にすぎず、実際はトンヅラです。
いやあ、それにしても、本当に、松平容保は貧乏くじをひかされたものだ。

そして、政治とは縁を切るわけだけれど、でも、まだ30歳なのですよ。そのあと、40年以上、ひたすら道楽一筋の人生を過ごすわけで。
自分を政権から追いやった西郷、木戸、大久保はもとより、明治天皇よりも長生きをして、大正の世にまで生き延びたわけで。


こう見ると、本当に嫌な奴だ。
確かに才能はあるのでしょう。(ものすごく多才だったみたい。)
でも、性格は激しく悪い。
自分のことしか考えていない。(まあ、みんなそうだけれど、この人には「人への配慮」という要素が欠けているのでは。)
そして、悪いことはみんな部下のせいに。
その結果として、この人の周りは屍累々。(実際、多くの部下が殺されているわけです。)
ああ、嫌な奴だ。

でも、「最後の将軍」という、すなわち武家政治の歴史を終わらせるという、重大な使命は見事に果たしたのです。

人の生涯には主題があると筆者は言うが。

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