Bチーム、「西日本第3位」のかき氷をうまい!と絶賛!(平成25年8月16日のかもちゃん その6)

http://pu-u-san.at.webry.info/201309/article_45.html のつづき


さあ、念願の伊勢参りも終わった。

その後は、「おはらい町」だ!

といっても、実は参拝前に行ったのですが。
参照 http://pu-u-san.at.webry.info/201309/article_36.html

「おはらい町」って?
→ http://www.ise-kanko.jp/oise/oharai.html

まあ、要は、みやげ物屋がたくさん並んでいる通りです。

ここが、ものすごく混んでいるのだ!


すごいっ!

面白いのは、コンビニの「ファミマ!」もあるのだけれど、あれって、普通は緑色の看板ですよね。ところが、ここでは町の色に合わせて茶色の看板になっている。これは面白い。

しばらく歩くと、おお、あった!
あの、「赤福」の、本店です。
お店の公式サイトはこちら → http://www.akafuku.co.jp/


そして、その道を挟んだ向かい側にあるのは、おおおっ!
これだっ!
日経土曜版の「何でもランキング」の「かき氷ランキング」で、西日本の第3位という、大変な人気だった「赤福本店」のかき氷を出しているお店だっ!
ランキングについてはこちら
 → http://www.nikkei.com/article/DGXZZO57387670W3A710C1000000/?df=2
3位 赤福本店(三重県伊勢市) 800ポイント
 抹茶みつにあんと餅 「赤福餅」で有名な老舗和菓子店が1960年代に海水浴客向けに考えたかき氷が始まり。抹茶みつのかかった氷の中に、特製のあんとモチを入れた。
 名古屋や大阪の百貨店内の直営店でも食べられる。「伊勢神宮で式年遷宮があるので、出かけた帰りにぜひ食べたい」(神谷千佳代さん)(1)赤福氷500円(2)4月下旬~9月下旬(2)0596・22・7000


とにかく、伊勢に行くなら、これだよ!!

かなり長い行列ができている。
「列の最後はこちら」という立て看板を持った人が立っているほど。
でも、回転はかなり良くて、ずんずん進むのです。

そして、いよいよ、かき氷を、ゲット!

シロップは抹茶味なのだね。
いただきまぁす!

・・・・・・・・・・

おおおおおおおおおおおっ!!!

確かに、ばかウマ!!!

そして、氷を掘り進めると、そこに、あんが!

画像


このあんを食べると、

・・・・・・・・・・・

ああああああああああああああああああ

何と、幸せになれることだろう!

甘すぎることがなく、小豆の、豆自体のうまみがじっくりと伝わってくる。
ああああ。
何と、すばらしい!

そして、赤福だから当たり前かもしれないのだけれど、餅もある。これも、おいしい。

表現は変だけれど、ぐびぐびとのどをとおっていく。
ああ。幸せ、なのだ。

ごちそうさま!!

ちなみに、横から撮るとこんな感じに。日経紙面からの引用なのだけれど、さすが、プロが撮ると感じが違うね。
画像



さあ、念願の赤福かき氷を食べた後は、「おはらい町」から脇に入った「おかげ横丁」へ向かおう。


「おかげ横丁」とは
Wikiより
おかげ横丁(おかげよこちょう)は三重県伊勢市の伊勢神宮皇大神宮(内宮)前にあるお蔭参り(お伊勢参り)で賑わった江戸時代末期から明治時代初期の門前町の町並みを再現した観光地である。運営は伊勢名物赤福餅を生産・販売する株式会社赤福の子会社である有限会社伊勢福が行う。 おはらい町の中ほどにあり、伊勢志摩を代表する観光地となっている。

概要
赤福社長であった濱田益嗣の指揮の下、当時の赤福の年商に匹敵する約140億円をかけて1993年(平成5年)に完成した「小さな町」である。伊勢特有の町並みである妻入の建物や伊勢河崎の蔵、桑名の洋館などを忠実に再現、あるいは移築した28の建造物群が並ぶ。お蔭参りで賑わった頃の町並みという統一したテーマの元で造られているが、おはらい町との間に門などの仕切りはなく入場料を徴収しないため、テーマパークではない。おかげ横丁とおはらい町の境界は分かりにくく、名称が類似しているせいか両者を混同するケースもある。
伊勢志摩の特産物や土産を扱う物販店を中心に45店が営業している。

歴史
伊勢神宮の門前町として栄えた宇治地区は、江戸時代には年間200 - 400万人もの参宮客が訪れた庶民の憧れの地であったが、高度経済成長の時代を過ぎた1970年代後半には20万人にまで落ち込んでしまった。この状況を打開しようとこの地に本店を構える老舗和菓子店の赤福が立ち上がり、「伊勢おはらい町会議」を結成、わずか10年でおはらい町を伝統的な妻入り建築が並ぶ通りに修景した。
更に赤福は1993年(平成5年)の式年遷宮に合わせて町の再生の起爆剤となる施設の建設を計画、「おかげ参り」と「商いを続けてこられたのは伊勢神宮のおかげ」という2つの意味を込めて「おかげ横丁」と名付けた。横丁には赤福社長の濱田益嗣のこだわりが強く表れ、岐阜県高山市や長野県小布施町などまちづくりで先行する日本各地を視察して造られた。建設費用の140億円は1990年(平成2年)当時の赤福の年間売上高とほぼ同額であったが、行政から補助金を受けることなく自己資金でまかなった。1992年(平成4年)9月28日には、おかげ横丁の運営を行う企業として「有限会社伊勢福」を設立、翌年7月に開業した。
おかげ横丁の経営は軌道に乗り、開業から10年で借金の返済が完了した。おかげ横丁設立前の1992年(平成4年)には32万人だったおはらい町の往来者数は、おかげ横丁設立とともに増加した。2002年(平成14年)には入場者数が年間300万人を突破、2007年(平成19年)には400万人に達しようという勢いで、将来的な横丁の拡張が見えてきた。
こうしてすべてが順調に見えた矢先に親会社の赤福の偽装事件が2007年10月12日に発覚、大きな波紋を呼んだ。赤福は営業自粛を余儀なくされ、2008年(平成20年)の初詣で時期の営業ができなくなったが、おかげ横丁は偽装に直接関与したわけではないので通常通り営業を行っていた。その後、赤福は徐々に営業を再開し、現在に至っている。
2011年(平成23年)3月11日、東日本大震災が発生、震災から2週間の来訪客数は2割減少したが、4月以降客数は持ち直し、ゴールデンウィーク(4月29日 - 5月5日)は例年並みの18万人の観光客を見込んでいる。



ここもすごく混んでいるね。

いろいろなものを売っていて、なかなか心引かれるのだ。

何も買わないのもしゃくなので、キュウリの漬け物を串に刺しているのを買ってみましょう。
かじると、さわやかな気分になれるね。

さて、この横町には、あちこちに猫の置物がおかれている。なぜだろう?
たとえばこんな。(おかげ横町facebookより引用 https://www.facebook.com/photo.php?fbid=328881167258505&set=a.134757250004232.44198.132968280183129&type=1&theater
画像


もちろん、ぶぶ子は大喜びで、猫のおなかをさするのでした。

さてさて、あんまりゆっくりもしていられない。
何せ、今日は大阪まで行かないといけないのだ。
お日様も傾いてきた。
そろそろ、引き上げるか。

でも、その前に。


つづく

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